サメと猫

ネガティブなモチベーションもある

 自分には、野心や向上心といったものがほとんどない。世の中的には、そういう人間はダメ。みんな常に上をみて、それを目指して燃えているのが好ましいというような空気を感じる。こと就活においては特に。でも自分はそのようなモチベーションがどうにも湧かない人間で、自分が納得できる最低限で満足してしまう。そしてそれをずっと、努力できない、怠惰な短所だと感じている。
 

 でも今までの短い人生を思い返してみると、全く努力をしてこなかったわけではない。あれは頑張った、頑張っていた、と思えるものは大小様々見つかる。

 思えば子供の頃から上をみて頑張るというような向上心や情熱のない奴だった。部活は楽しいから参加して、途中で辞めるのは良くないから最後まで続けた。勉強は上位の成績を目指すわけじゃなく、流石にこの点数は取らないと、というラインを超えるのに必要な分だけ勉強してた。(その基準も別に高いわけではない。平均点を超えていたら一安心。) そんな感じで、どちらかというと消極的なモチベーションで何かを頑張っていたことの方が多い今までだ。大学受験も、おさえの大学は高校の指定校推薦で十分行けたところだったので、志望校に落ちたら一般受験で勉強した意味がない、これだけ頑張って推薦組と同じは嫌だ。というなんとも卑屈な理由で自分を奮い立たせていた部分もあった。笑

 そんな人間なので、就活や社会に出ることに対し大きな不安を感じている。向上心!上昇志向!自己実現!それを持つ理想の人間こそが価値!という圧が、自分にとって耐え難く拒絶してしまう。しかしそうあらなければ生き残れない。周りの目に怠惰な人間に映れば評価は即落下。正直言って高い年収も高い地位も特別欲しいと思わない。将来の家庭、子供のことなんて実感湧かないし、自分がしたいことが出来て、満足できる生活を送れる収入があればそれで良いし、自分が大きなストレスなくその収入を得るために働ける環境であればそれで良い。まあこの二つを並べると結局割と高い理想になってしまうんだけど、別に豪遊したいわけじゃなく、休みに友人と出かけたり、趣味にお金を使ったりするのを躊躇って節約するほど不自由しない収入があればそれで良い。

 じゃあこの理想をかなえるにはどうすれば良いかと言ったら、給料がそこそこ良く、労働環境もそこそこ良い会社に入るのが近道で、結果かなり多く望んでる。そんな会社は当然人気で、その競争を勝ち抜くには就活頑張らないといけない。こういうモチベーションの出方。でも就活で求められてるのはそうじゃない。もっと高くて立派な理想とそれに伴うモチベーションを持つ人間が評価される。

自分もそういうの持ってます!って嘘をついて行きたい会社に入れたとして、自分の本当の理想の働き方ができるのかもわからない。現状に満足することがそんなにダメなんだろうか。自分の中で最低限の生活水準を決めていて、それを手に入れるために頑張っている学生はダメなのか...。堅実で踏ん張ってくれそう!とか思ってくれる会社はどこかにないだろうか。

ともかく、就活に関してはわがままばかり言ってられないので、妥協しつつ納得できる職を手に入れられるようそれなりに頑張るつもり。でもこれからもきっと今までのようなネガティブなモチベーションで動くことは多いままだろうと思う。そして昔ほど、それを悪いことだと思わないで済んでいる自分がいる。結果自分の人生、自分が納得できればそれで良いんだ。生きるなら幸せに生きたい。この考えがただの逃げなのかどうかは、社会に出た自分がこの記事を読み返したらわかるかもしれない。その時はその時。